2012年 04月 12日
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最近はこのブログで「震災がれき」の話題を多く取り上げていますが、放射性廃棄物の本丸は原子力発電によって出てくる高レベルの放射性廃棄物。
4月12日 道新朝刊 総合面の記事を全文引用します。長いです。
引用ここまで。
目の前にある「震災がれき」の処理について考えることはもちろん重要ですが、原発のゴミ「高レベル放射性廃棄物」のことを忘れてはいけません。
考えるだけで、というか、頭の片隅にあるだけで具合が悪くなる問題です。
でも、避けては通れない。
避けて通ってきた結果が、今の、この有様なのですから。
記事の最後、
「未来の世代は、20世紀後半から21世紀初頭を生きた私たちの世代のことを、一体どう思うでしょうか。そのことを今、深く考えなければなりません。」
まさに、その通り。
どうやっても恨まれるのは間違いない。
でも、昨日よりちょっとはマシな明日にするために、私たちは今、ここにいるのだと思います。
大工 齊田綾
4月12日 道新朝刊 総合面の記事を全文引用します。長いです。
4月12日付 北海道新聞朝刊 総合(5面) 記事
核のごみ管理 多摩大大学院教授 田坂 広志 氏
東京電力福島第1原発事故で脱原発の流は強まったが、原発から出る「核のごみ」高レベル放射性廃棄物=注1=の処分場をどこに造るか、まったくめどが立っていない。放射能が安全なレベルに下がるのに要するのは10万年とされる。これほど危険で厄介な核のごみについて、どう考えるべきか。日米の研究機関で高レベル放射性廃棄物の地層処分=注2=計画にかかわり、福島原発事故対策で内閣官房参与を務めた多摩大大学院の田坂広志教授に聞いた。 (聞き手・関口裕士)
もしも明日、絶対に事故を起こさない原発が開発されたとしても、高レベル放射性廃棄物の問題は解決されません。もし、この国に脱原発の政権が生まれ、原発54基全てを止めたとしても、既に使用済み核燃料はガラス固化体=注3=に換算して2万本分以上発生しています。
原発推進か、反対かを問わず、私たちは、子の高レベル放射性廃棄物の問題を必ず解決しなければならないのです。しかも、この問題は福島原発事故によって、「将来の問題」ではなく「現在の問題」になってしまった。メルトダウンを起こした原発は、それ自体が高レベル放射性廃棄物であり、それが突如、目の前に出現したからです。
定期点検中で停止中の原発について、政府は、安全性を確認して再稼働させようとしています。しかし再稼働しても、すぐに、さらに深刻な問題に直面します。全国の原発の使用済み核燃料プールが満杯に近づいており、青森県六ヶ所村の再処理工場=注4=はトラブル続きで動かない。この状況が続けば使用済み燃料が原発から搬出できず、近い将来、事故がなくても原発が稼働できなくなるからです。
私はかつて、米国の国立研究所で高レベル放射性廃棄物の地層処分の安全性について研究しましたが、その本質は「10万年の安全を保証できるか」という問題です。専念程度なら、歴史を振り返ることである程度の実証的な議論はできますが、10万年は、科学的に安全を保証することは不可能です。そこから先は、政治的、社会的、そして何より、倫理的な判断になります。
私は今60歳です。原発の負の遺産が本当に重く人類にのしかかるのは、私がこの世を去った後でしょう。未来の世代は、20世紀後半から21世紀初頭を生きた私たちの世代のことを、一体どう思うでしょうか。そのことを今、深く考えなければなりません。
注1 原発で使い終わった核燃料から再び燃料に使うウランとプルトニウムを抽出した後に残る極めて放射能の強い廃液。
注2 放射性廃棄物を地中深く埋める処分法。日本では2000年の法律で地下300㍍以深に埋めると決まった。処分技術の研究は、宗谷管内幌延町にある地下研究施設「深地層研究センター」」などで行われている。
注3 高レベル放射性廃棄物の廃液を保管、処分しやすいようにガラス原料と一緒に高温で溶かし、ステンレス容器の中で冷やし固めたもの。製造直後は、人間が近づくと20秒で死ぬほど高い放射線と高熱を発する。地下へ埋める前に30~50年地上で冷却する。
注4 使用済み核燃料からウランやプルトニウムを改修する施設。日本原燃が青森県六ヶ所村で今年10月の操業開始を目指している。
たさか・ひろし
51年生まれ。東大大学院修了。日本企業や米国研究機関で高レベル放射性廃棄物の処分計画に関わり、日本総合研究所取締役を経て00年から現職。3・11後、菅政権の内閣官房参与として原発事故対策と原子力政策の転換に取り組んだ。1月に「官邸から見た原発事故の真実」を出版した。
引用ここまで。
目の前にある「震災がれき」の処理について考えることはもちろん重要ですが、原発のゴミ「高レベル放射性廃棄物」のことを忘れてはいけません。
考えるだけで、というか、頭の片隅にあるだけで具合が悪くなる問題です。
でも、避けては通れない。
避けて通ってきた結果が、今の、この有様なのですから。
記事の最後、
「未来の世代は、20世紀後半から21世紀初頭を生きた私たちの世代のことを、一体どう思うでしょうか。そのことを今、深く考えなければなりません。」
まさに、その通り。
どうやっても恨まれるのは間違いない。
でも、昨日よりちょっとはマシな明日にするために、私たちは今、ここにいるのだと思います。
大工 齊田綾
by aya-saita
| 2012-04-12 06:02
| 震災がれきと原発
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